報道の競争が激しい時代です

報道、それは新聞、テレビやラジオなどを通して起きた事実を公表することではないでしょうか。
その報道機関に最近では、インターネットも加わり、ユーザーの側としては起きてしまったことをニュースとして知りえる機関が増えたことになるのでしょう。
この機関が、増えたことはニュース等の内容を比較し易くなることもあり、良い結果を生んでいると考えられます。
それは万が一、一社のみのニュースで終わってしまった時は、事実の確認が取りづらいこともあるからです。
このインターネットの発達が、各機関の記者泣かせの時代にもなりました。
それは、特ダネを取る機会が減ってしまったことにあります。
社会部の記者が、特ダネを狙って深夜まで粘って記事を探しても、下手をすると朝にはインターネットに流れてしまっていることもある、ちょっと悲しい時代にもなっていると言われます。
しかし彼らはそれでもめげることなく、記事を追い、他新聞社に負けない努力は怠っていないのです。
そんな彼らの努力で、一般家庭に正しい報道が早くなされる時代になっているのです。

報道の危険性を語る。

報道とは非常に危険性をも孕んでいると思います。特にテレビでの報道には映像も視聴者に受動的に情報が入るので、マスメディア側の意図が浸透しやすいです。報道する側とはある意味ニュートラルな思想のもとで視聴者に伝えるべきだとは思いますが、マスメディアも人間故に思想があります。
それは新聞においては産経新聞と朝日新聞のような関係かも知れません。一つのトピックに於いても両社の主張時には善悪の関係が全くぎゃであったりもします。このようなことからプロパガンダいわゆる刷り込みをすることが非常に容易なツールであると思います。
例えば日本が右傾化していることはマスメディアの表現の仕方も一つの要因であると考えられます。中国韓国の半日デモの映像もひたすらテレビに流せば視聴者はそれらの国に敵意を持つことでしょう。我々が日頃テレビや新聞またはインターネットでみる情報を中間的に見る必要があります。いわゆる躍らされないようにするためにも、一つのトピックに対していくつかのメディアに目を通すことであると思います。これは受動的に入る情報だけてまはなく能動的に自分で調べる、読むということが重要になってきます。
まず、一番良い媒体は新聞であると思います。映像で得るものは非常にインパクトも強く考える前に刷り込みをされてしまうからです。気になるトピックは最初は映像から入ることもありますが、そこから能動的に得るものは一旦切り替えて文書にすべきです。


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Last update:2017/7/6